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「平成が生んだ『強い首相』の意味」より(2017年9月12日配信)

 8月24日付産経新聞の正論に、双日総合研究所の吉崎達彦氏の「平成が生んだ『強い首相』の意味」と題する論考が掲載されました。非常に興味深い内容でしたので、以下にご紹介します。

●吉崎氏論考の概要

○平成とはさまざまな分野で改革が求められた時代であり、その結果として今の政治状況がある。
○政治改革(細川内閣)
平成元年、リクルートなど政治腐敗問題から政治改革を巡る議論が始まり、政権交代可能な二大政党制をめざし、平成6年に小選挙区比例代表性が導入された。
○行政改革(橋本内閣)
「中央省庁の再編」と「官邸機能の強化」に力点を置く行政改革に取り組み、平成13年に従来の1府22省から1府12省に再編された。このときの内閣官房や内閣府の機能充実が首相の権限強化に役立った。
○構造改革(小泉内閣)
「聖域なき構造改革」を唱え、「小さな政府」や「官から民へ」のスローガンの下、経済財政諮問会議を使ったトップダウン型の政策決定、官邸外交、派閥を無視した組閣など従来の永田町のルールを破壊した。
○「政治主導」「脱官僚支配」(民主党政権)
「政治主導」を標榜し、「脱・官僚支配」を目指したが、党内がまとまらず「決められない政治」の批判を浴び、政権を離脱した。
○強い首相の出現(安倍内閣)
「強い首相」のスタイルで多くの政治課題に取り組んできた。
「強い首相」が可能になった理由には下記が挙げられる。
(1)政治や行政の仕組みが首相の権限を強めた
(2)政策決定が官邸主導型になった
(3)与党内も以前ほど総裁に逆らわなくなった(党が一致団結し、決める政治を断行)
(4)国民の間に「民主党時代には戻りたくない」という気持ちが強くなった
つまり、「改革の平成30年史」の成果を十分に享受した結果である。
○内閣支持率の急激な低下
ここにきて「安倍一強」体制への不安と不満があり、「官僚の反乱」としてトップダウン型の意思決定を忌避し、内閣人事局の人事への不満が漏れている。
しかし、平成の最初の頃の反省の下に一連の改革がなされてきたのであり、昨今の情勢を見れば、「強い首相」でなければ対応不可能な政治課題が山積している。日本政治が混乱し、毎年のように首相が交代するような歴史を繰り返すことは御免蒙りたい。

●石田の私見

 こうした吉崎氏の指摘を踏まえ、私なりに整理し直すと、さまざまな反省の下に平成の政治改革がなされてきました。具体的には金権政治、派閥、長老支配、官僚政治などの弊害が指摘され、首相の権限強化、ムダの撲滅などが主張されました。
 そして、これらの課題が概ね改善されるとともに、経済状況は大きく好転し、さらには世界から安倍総理にリーダーとしての活躍が期待されるなど、大きな成果を挙げています。
 しかし一方で、弊害が指摘されるようになったのも事実です。以下のような事例が挙げられます。
(1)選挙や党人事における党主導の強化による「一強」体制
(2)小選挙区の仕組みから大量当選・大量落選が繰り返され、人材育成が難しくなった
(3)官庁の巨大化により、大臣がきわめて多忙になっている
(4)内閣官房と内閣府への、政策と権限の過度の集中
(5)内閣人事局のあり方  など

 こうした弊害への対応は欠かせませんが、決して後戻りしてはいけません。弊害の改善によって、目指してきた改革をよりよいものにしていくべきです。たとえば、内閣人事局長が替わりましたが、他にも党組織による議員や候補者などの人材育成の強化、巨大官庁の再編など、すぐにでも検討できる取り組みがあるだけに、安易な現状否定ではなく、一歩でも前に進んだ政治のあり方を目指して、今後もしっかり頑張って参ります。

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